いわゆる石綿工場の近隣に居住していたことでアスベストにばく露したとして、石綿工場を操業していた会社に損害賠償責任が認められた裁判例
1.はじめに
アスベスト被害に遭う人は、石綿粉じんが発生していた現場で作業に従事していた人だけではありません。
本コラムでは、石綿粉じんが発生していた工場、いわゆる石綿工場の近隣に居住していたことでアスベストにばく露したとして、石綿工場を操業していた会社に損害賠償責任が認められた裁判例をご紹介します。
2.事案の概要
X1は、昭和19年頃から昭和43年までの約24年間、兵庫県尼崎市にある石綿含有製品を製造する工場(以下「本件工場」といいます。)の敷地中央から約550m離れた自宅に居住していました。また、昭和14年から昭和50年までの約36年間、本件工場の敷地中央から約200m離れ、かつ本件工場南側境界からX1の職場敷地北端まで50~60m程度の距離にある会社で働いていました。そして、平成7年に悪性胸膜性中皮腫を患い、翌年平成8年に死亡しました。
X2は、昭和35年から昭和47年までの約12年間、本件工場の敷地中央から約1400m離れた自宅に居住していました。その後X2は引っ越し、昭和47年から平成7年までの約23年間、本件工場の敷地中央から約1200m離れた自宅に居住していました。そして、平成18年に悪性胸膜性中皮腫を患い、翌年平成19年に死亡しました。
X1及びX2の遺族は、本件工場を操業していたY社に対して、大気汚染防止法第25条1項に基づき損害賠償の請求をしました。
なお、Y社は鋳鉄管や各種パイプの製造販売等を行う株式会社として昭和5年12月22日に設立され、本件工場を操業していました。本件工場では、昭和29年から昭和50年までの約21年間、白石綿や青石綿を用いて石綿セメント管を製造しており、また、昭和46年から平成7年までの約24年間、白石綿を用いて外壁材や屋根材などの石綿を含む住宅用建材を製造していました。本件工場では、白石綿は平成8年、青石綿は昭和51年から使用されなくなりました。
大気汚染防止法
第二十五条 工場又は事業場における事業活動に伴う健康被害物質(ばい煙、特定物質又は粉じんで、生活環境のみに係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定めるもの以外のものをいう。以下この章において同じ。)の大気中への排出(飛散を含む。以下この章において同じ。)により、人の生命又は身体を害したときは、当該排出に係る事業者は、これによつて生じた損害を賠償する責めに任ずる。
3.争点
本件におけるX1及びX2の遺族の請求が認められるための要件はいくつかありますが、その中で特に問題となったのは、「本件工場から石綿粉じんが飛散したことと、X1及びX2が悪性胸膜性中皮腫を患い死亡したことの間に、因果関係があるか否か」でした。
4.裁判所の判断
裁判所は、上記の争点について、X1の死亡との間の因果関係については肯定しX1の遺族によるY社に対する請求のうち約3195万円及びこれに対する遅延損害金の請求は認容したものの、X2の死亡との間の因果関係については否定しX2の遺族による請求は棄却しました。
X1の死亡との因果関係が肯定された理由は、本件工場から石綿粉じんが飛散したことに加え、本件工場付近に居住した住民の人数とそのうち中皮腫に罹患した人数に相関関係があることを示した学術的調査報告があったことです。裁判所は、当該学術的調査報告から「本件工場の敷地中央から300m以内の地点…(中略)に、昭和32年~50年の青石綿使用期間中に1年以上居住していた者については、中皮腫を発症するリスクが高いことが認められ、その原因は本件工場から飛散した石綿粉じんである蓋然性が高いということができる。」と判示しており、X1が上記の範囲と期間ともに満たしていたことから因果関係が肯定されたと考えることができます。
逆に、X2は上記の範囲と期間ともに満たしていなかったことから因果関係が否定されたものと考えられます。
なお、X1の遺族への損害賠償金の支払いを命じられたY社である株式会社クボタは、X1の遺族のみならず本件工場付近に居住する住民へ救済金という形で自主的に金銭を給付しており、2022年6月30日時点で376名に救済金を支払っているとのことです。
5.まとめ
本件は、石綿工場付近に居住していた者がアスベスト被害に遭い死亡した場合において、その遺族に損害賠償請求権が認められた事案ですが、あくまで本件工場付近に居住した住民の人数とそのうち中皮腫に罹患した人数に相関関係があることを示した学術的調査報告があったことが前提となっています。そのため、類似した事案でも同じように損害賠償請求権が認められるとは限らず、引き続き事実関係を細かに精査して個別具体的に判断することになるでしょう。
いずれにせよ、類似した状況におかれ損害賠償を請求したいと考える場合、アスベストに関する見識の深い弁護士に相談することがもっとも効果的です。ぜひ一度弁護士に相談されることをお勧めします。