事例04|ホテルのボイラー係が建物に吹き付けられたアスベストに被爆した事例
- 判決
- 札幌地裁平成19年3月2日判決・労働判例948号70頁
- 事案
- ホテルの機械室・ボイラー室等で、昭和39年4月頃から、設備係の従業員として業務に従事していたAが、悪性胸膜中皮腫によつて死亡したのは、ホテルが作業場の排気等の粉じん対策を怠ったためであるとして、Aの相続人らが安全配慮義務違反を理由とする債務不履行または不法行為に基づいて、合計4,500万円の損害賠償を請求した事案
- 労災認定
- あり
- 認容額
- 0円(請求棄却)
判断
本判決は、本件ホテルの機械室等に吹き付けられていた石綿は、劣化および損傷により飛散し得る状況にあったと判断した。また、10階天井裏の壁面の石綿も飛散し得る状況にあったと推認するのが合理的であるとした。
そして、機械室等の清掃と換気、吸排気設備の状況等から、Kは、機械室等や10階天井裏において、石綿繊維が飛散する場所で作業に従事していたと判断した。ただし、平成元年の改修工事による石綿の封じ込め以降は、石綿を含む繊維の飛散はほとんどなくなり、わずかに残った石綿繊維が飛散することはあったものの、その量は工事前に比較して格段に少なくなっていたとした。
因果関係につき、本判決は、中皮腫は石綿曝露との関連性が強く、石綿に曝露しない状況では皆無といっていいほど発症の可能性がないこと、ホテルでの就労期間が長期に及び、かつ、石綿繊維が飛散する職場において、石綿を使用した作業に従事したことがあること、Kと同様の業務に従事していた元同僚Aが、石綿が原因と思われる石綿肺を発症していること等から、本件ホテルでの就労と悪性胸膜中皮腫の発症およびこれによる死亡との間には、因果関係が認められるとしました。
しかし、昭和63年通知まで、建造物に吹き付けられた石綿の危険性について、一般的な啓蒙活動がされたとはいいがたく、危険性が社会に広く認識されていたとはいえないことから、Y社にのみ、吹き付けられた石綿の危険性を認識したうえで対処を求めることはできないことから、昭和60年頃までの間、Y社が何らの対応をとらず、Kを飛散した石綿の繊維が舞う10階天井裏や機械室で作業させる結果となったことは、当時の状況からみると非難できず、Y社に安全配慮義務違反があるとはいえないとし、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求を棄却した。
コメント
本件は、従業員が建造物に吹付けの石綿に曝露したことと中皮腫罹患による死亡との因果関係を認めつつ、安全配慮義務違反および不法行為に基づく損害賠償請求を棄却した事案として注目される。
石綿によるじん肺罹患について、平和石綿工業・朝日石綿工業事件(長野地裁昭61年6月27日判決(労判478号53頁)は、被告会社の石綿製造工程で石綿塵が発生し、従業員らがこれを吸引することによってじん肺に罹患するおそれがあったもので、作業の性質、じん肺の病理、経過の得失、予防方法、じん肺問題の沿革、使用者に安全配慮義務の不履行による損害を賠償すべき義務があるとした。
本件では、建造物に使用された建材等の安全性に関する責任を一次的に負っているのは、製造業者、建築業者、建築確認や建築資材等の安全性に基づく規制の権限を有する国等であり、この点をおいたまま注文者や所有者に過度の注意義務を課すべきではなく、昭和60年頃まで、吹付け石綿について、一般的な啓蒙活動や法規制がされていたとはいいがたい中で、Y社のみに対し、先端の研究結果を認識して対処することを求めることはできないとしました。
なお、石綿関連疾病の業務災害認定基準については、「石綿による疾病の認定基準について」(平15.9.19基発0919001号)が発出され、平成18年に改訂されていました(平18.2.9基発0209001号)。また,石綿関連疾病の防止について石綿障害予防規則(平17.7.1施行)が制定されました。また、石綿による健康被害者であって労災補償による救済の対象とならない者を対象として、石綿による健康被害の救済に関する法律(平成18年法律第4号)が平成18年3月27日に施行されていました。