事例10|船舶の修繕作業に従事していた労働者が中皮腫により死亡した事例
- 判決
- 大阪地裁平成23年9月16日判決・労働判例1040号30頁
- 事案
- 本件は、船舶の建造・修繕等をする被告Y社の下請会社の従業員と、Y社所有の大阪製造所において、昭和42年から平成18年までの約40年間、船舶の修繕作業に従事していたAが、平成19年8月に病院に入院し、良性石綿胸水と診断され、その後、21年8月頃、中皮腫にり患し、22年9月、中皮腫により死亡した事案である。
- 労災認定
- あり
- 認容額
- 4,650万円
判断
石綿は中皮腫の主たる原因物質であり、低濃度の石綿ばく露であっても中皮腫を惹起するものとされ、中皮腫り患のほとんどが石綿ばく露によるものであるとされている一方、石綿以外の物質が中皮腫の原因となることを疫学的に立証する研究はほとんどないから、ある者が石綿にばく露していたこと及びその後に中皮腫にり患した場合には、石綿ばく露が中皮腫り患の原因であることと矛盾すると考えられる特段の事情がない限り、石綿ばく露と中皮腫り患との間の因果関係が認められるものというベきである。そして、Aは、本件製造所で約40年間にわたって石綿にばく露していた一方、他にAが石綿にばく露する機会があったとは認められず、本件全証拠によっても、Aの本件製造所内での石綿ばく露が中皮腫り患の原因であることと矛盾すると考えられる特段の事情はうかがわれないから、Aの本件製造所内での石綿ばく露と中皮腫り患との間には、因果関係が認められるというべきである。
造船作業の現場において一般に大量の石綿が使用されていることに照らせば、造船会社であるY社においても、遅くともAが本件製造所内での作業を開始した昭和42年頃までには、石綿が人の生命、身体に重大な障害を与える危険性があることを十分に認識することができ、かつ、認識すべきであったということができる。そして……本件製造所においても、石綿製品が使用されており、実際に作業中に石綿が飛散することがあったことなどに照らせば、Y社が商品化された石綿製品を取り扱っていたことを考慮しても、本件製造所における作業において、Aを含む作業員が石綿にばく露することによりその生命、身体に重大な障害を与える危険性があることを十分予見することができ、予見すべきであったということができる。
Y社は、➀粉じん作業と非粉じん作業の隔離を徹底せず、粉じん作業によって生じた粉じんの飛散を十分に防止しなかった点、②防じんマスクを支給せず、又はその着用を徹底せず、防護衣等を支給しなかった点、③必要な安全教育をしなかった点において、本件製造所の作業員が石綿粉じんを吸引しないようにするための措置を怠っていたというべきであり、その結果、Aは、本件製造所において石綿粉じんにばく露したものというべきであるから、Aに対する安全配慮義務違反に基づく責任を免れない。
コメント
判例には、昭和35年に制定されたじん肺法などの法令の整備状況等に照らせば、遅くとも同年頃までには、石綿粉じんに曝露することによりじん肺その他の健康・生命に重大な損害を被る危険性があることについて石綿を取り扱う業界にも知見が確立していたように思われます。また、石綿被害に関する使用者の予見義務については、遅くとも昭和40年頃までには、石綿粉じんが人の生命・健康に重大な影響を及ぼすことについて、医学界のみならず石綿を取り扱う業界にも知見が確立していたものと考えられます。
環境庁および厚生省(いずれも当時)が、昭和61年に都道府県等に対し通知を発し、損傷または劣化し、アスベスト繊維の遊離する可能性がある建材を用いた建造物については適切な措置を検討する必要があることを示してはいたものの、一般的な啓蒙活動や法規制がされていたとはいいがたい状況でした。
そのような中で、本判決は、とるべき措置の内容を具体的に示し、使用者である会社側に安全配慮義務違反があるとしたのです。